店主のつれづれなるままに コアアートスクエアからのお知らせ
2010年06月18日
よい匂いを放つ演奏
過日、長谷川潾二郎という明治生まれの画家の回顧展を平塚市美術館で観た。普通なら画題になりにくい鬱蒼とした木々や木の枝が、彼の筆にかかると強く心に迫る。絵から風の音が、草木の放つ匂いが、草いきれがたちのぼる。
「よい画はその周囲をよい匂いで染める。よい画は絶えずよい匂いを発散する。よい匂い、それは人間の魂の匂いだ」(長谷川潾二郎)
おそらく彼は対象をいつも新しい心で虚心に見つめ、最初の感動をその手触りや震える音を介して受けとめてキャンバスに向かったのだろう。
若き日、パリへ修行に行って十年は帰らない心積もりでいた彼が、ある日、芭蕉や蕪村の俳句集を読む。すると日本の風景が、季節の風物が目前のパリとは異なった別世界の美しさで浮かびあがってきたという。いかに自分は日本の風景を知らなかったか。いかに自分はそれを見ようとしなかったか。
パリの風景はパリ人にまかせればいい、自分は日本の風景を研究する。そう決意して一年ほどで帰国する。故郷が恋しいからではなく、強い好奇心と期待と、野心を持っていたのだ。
見ようとする眼をもてば見えてくるのだ。じっくりと五感を澄まして対象に臨めば、風景が語りかけてくる。あたらしい意味と価値を帯びて見えてくる。
音楽のことを考えた。音楽もまた然り。その一瞬一瞬に目を耳を心を澄ませば聞こえてくるはずだ。まずは無垢な心で音の風景に向き合うことこそよき演奏への第一歩ではないか。
よい匂いを放つ演奏、大いなる目標だ。