店主のつれづれなるままに コアアートスクエアからのお知らせ
どう一音を奏するか
店主は『口琴藝術』という日本ハーモニカ芸術協会の会報誌の編集長でもありまして、年に3回の編集業務にも全力傾注しています。
今回は昨年末に発行された秋冬号(No.228)から「音楽の言葉」に書いたことを再掲したいと思います。
ピアニスト、小曽根真さんの言葉の一節ですが、演奏に際してのとても重要なことを言っています。
解説は会報原稿に若干の加筆を施しました。
四分音符を紡いでいくというか、演奏するときにテンポを取っていくことを杭を打つことに喩えて、杭の向きがどっち向きかということをよく言うんですね。前向きに杭を打っていくのか、ちょっと後ろ向きに打っていくのか、ということです。(……)
一番ありえないのは、真っ直ぐ九〇度に打っていくことですが、これはもう音楽的には全く推進力がない。
小曽根真「音楽を共有すること、繋がること」より(『グルーヴ!「心地よい」演奏の秘密』春秋社刊 所収)
クラシック音楽に「グルーヴ」は存在するのだろうか、そんな問いを民族音楽学者山田陽一さんが十人の演奏者や指揮者にぶつけるダイアローグ集のなかの、小曽根真さんの語りが興味を引きます。
小曽根さんは五歳からクラシックピアノを習い始め、十二歳でジャズピアノを始める決意をして一九八三年、バークリー音楽大学のジャズ作・編曲科に学びました。そこを首席で卒業すると、米CBSと日本人初のレコード専属契約を結び、アルバム「OZONE」で全世界デビューを果たします。
デビュー以来、ゲイリー・バートン、ブランフォード・マルサリス、パキート・デリベラなど世界的なトッププレイヤーとの共演や自身のビッグバンド「No Name Horses」を率いてのツアーなど、ジャズの最前線で活躍します。
その後、小曽根さんはクラシック音楽における表現の自由度に魅了され、活動はクラシック音楽にまで拡大します。国内外の主要オーケストラと共演を重ね、バーンスタイン、モーツァルト、ラフマニノフ、プロコフィエフなどの協奏曲で高い評価を得ました。その音楽的探求心は多くの聴衆から高く評価されています。
小曽根さんの音楽に対する考えの中心は、ジャズであろうとクラシックであろうと、「生きもの」なんだということだろうと思います。
〈音楽が生きているということ、そしてその生きてる感をみんなで共有することっていうのは、ぼくにとって何よりも大切なことなんです。ぼくはよく、芸術を高尚なものにしないで欲しいって言うんです。「高尚」って言っただけで、何か遠いものになってしまうじゃないですか。もちろん、高尚だと感じてもらえるような演奏をしなきゃいけないんですけど、基本的には「好き嫌い」でいいと思うんですよね。この人のピアノ、好き、嫌い。それが言える世界が芸術の世界で、日常の世界でそんな好き嫌いばかり言っても通りませんよね。でも、そういう窮屈なところから救われるのが芸術の素晴らしい世界だと思うんです。一般の人が自分でお金を払ってコンサートに来て、「これ嫌い」って言って途中で帰ってしまえる自由があるということをわかってもらいたいんです〉。
音楽は喜びや悲しみなど感情的なものを、言葉を超えて人に伝え、共有する最高のコミュニケーション・ツールであって、伝えたいことを喋ろうとするとちょっと詰まったり言い淀んだりする、そんな演奏をしたいと言う小曽根さんの音楽観には深い共感を覚えます。
咀嚼していただけたら幸いです。
(写真は「愛川ハーモニカアンサンブル30周年記念コンサート」の一コマ)