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店主のつれづれなるままに コアアートスクエアからのお知らせ

2022年04月14日

いまこそ歌の力を

テレビや新聞で連日報道されるロシア軍によるウクライナでの残虐行為のニュースに鬱々とする。住居のはずの建物がミサイルで破壊され、劇場が、燃料施設が爆破され、一般市民の死体が路上に散乱する。時間を何十年も巻き戻したような事態に唖然とするばかりだ。

歴史学の言葉で言えば、ウクライナのある地域一帯を「破砕帯」と呼ぶらしい。肥沃な穀倉地帯でもあるウクライナは歴史的に強大な帝国同士のぶつかり合う境目にあった。地続きのヨーロッパやロシアなどにあっては、国境をめぐる争いは、その時々に現れる大国の軍事的な力学の帰趨として終止符が打たれてきた。民族や文化、あるいは歴史的経緯という複雑さを孕んで、人々の前にそれは常にむき出しの暴力として機能し、数多の悲劇を生んだ。

日本の歴史を振り返っても、国内の戦いに始まり、幾度かの世界との戦いの果てに版図は定められてきた。その歴史的な結果として生まれた秩序が現代の国際社会の姿であり、いまの主権国家のありようだ。戦争の世紀への反省を踏まえ、国際的な協調をはかること、それは成熟した国家の意志であり義務でもあるはずだった。しかし現秩序を容認できないと考える復古主義者は少なからずいる。復古的権力者の野望がそのまま行動へと直結する独裁国家の危うさは昔もいまも変わらない。

戦車が国境をたやすく侵して行く様子をテレビで見て、人間の本質的な愚かさとでもいうべきものを思った。ミサイルや銃口はぼくの精神に向けられ、魂の領域を踏み荒らされる心地がする。いま私たちは戦争の時代を生きている、そんな実感を強く持つ。権力者は自分だけを愛して、世界を愛そうとはしない。いま私たちに必要なのは、世界で平和に生きようとする強固な意志と、そう願う人々との連帯なのだ。

ジョン・レノンの「イマジン」、そしてマイケル・ジャクソン、ライオネル・リッチの「ウィー・アー・ザ・ワールド」、ルイ・アームストロングの「この素晴らしき世界」などを聴き、想う。

「私はなんて素晴らしい世界に生きているんだ」と歌う「この素晴らしき世界」は1971年、69歳で没したルイ・アームストロング最大のヒット曲という。死の前年に再録したこの歌の、イントロの前には人々に向けた彼のメッセージが吹き込まれている。

「戦争や環境問題もある。けれど世界が悪いんじゃない。人間が世界にしていることが悪いんだ。愛し合ったらたくさんの問題なんて解決される。そして世界はとびきり面白くなる」と低く、熱く語る。

先日の新聞でも話題となった「脱走兵」というシャンソン。この歌は一九五四年に発表された世界で最も有名な反戦歌でもある。フランスの小説家、ジャズ・トランペット奏者でもあったボリス・ヴィアンが作詞し、ボリス・ヴィアンとハロルドB.バーグが共同で作曲した。

この歌がよみがえったのは、1965年、アメリカでのベトナム反戦運動のなかでピーター・ポール&マリーが「平和主義者」というタイトルを付けて、英訳を読み上げたあとにフランス語で歌ったときという。彼らの最初のライブ・アルバムにもこの歌は入った。

召集令状を受け取った男が「僕は嫌です。戦争をするため生まれたのではありません。勇気を出して言います。僕は決めました。逃げ出すことを」そして「もし血を捧げなければならないのなら、あなたの血を捧げてください」と大統領に求める、そんな歌だ。

音楽は人の心に深く住む。どんな兵器だって、音楽を蹂躙することはできない。いまこそ歌の力を世界に示したい。

『口琴藝術』2022年春号に掲載した「鵜の目鷹の目」を改稿。

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